2016年4月より、佐藤可士和氏率いる株式会社サムライ のメンバーとして活動していくことになりました。>「ご挨拶とご報告」

マルヤガーデンズ

Category: NOTEBOOK — Posted by SA at February 9, 2010

この4月に鹿児島にオープンする三越跡地「マルヤガーデンズ」。最新の日経アーキテクチャにも載っています。
建築の設計はみかんぐみさん。クリエイティブディレクションにナガオカケンメイさんとものすごく明確なベクトルをもった商業施設。
規模はそこそこですが、意味としてはエポックメイキングなプロジェクトになる予感(あくまで予感!)
弊社でも一つのテナントのデザインをしています。

館(百貨店なりSCだったりの箱をこう呼びます)のデザインなりディレクションがまっとうであれば、テナントのデザイナーにとっては館自身が優れたコンテクストとして成立するので、いろいろ情報を集めているものの、これが見事にない。正攻法でも情報得るのは難しいので、ネットをさまよったりツイッターで拾ったりもしているのだけれど…….ガードが固い。

商業テナントの殆どのケースでは、SCなり百貨店に入るテナントは共用部分からどのように浮き立つ=目立つかということに重きを置く。強烈なアイコンを配したり、領域設定のためのゲートを設けたり。それが「宣伝」ということになっているから。館の方では「なるべく内装デザイナーの自由度があがるように・・・」とは言うけれど、本質的にそのスタンスは百貨店としての責任を放棄しているように思う。百貨店、SCとも集合体という街区の価値がなければ自ずからその役割をインターネットに奪われていくことは仕方ない。プラットフォームとしての強さも、リスペクトされるべき思想もないのだから。

優れたウェブサイトのプラットフォームには、コンテンツは素直に従っていく。その結果さらに上質なコンテンツを呼び、プラットフォームの価値はさらに上がって行くことはwebの世界では良く見られるケース。

今回のマルヤガーデンズはプラットフォームが優れているに違いないという想定で、テナントのデザインも建築の文脈へ添う形にしたいと思っている。一テナントではあるけれど、ささやかな「館」への同期を目指しています。

しかし、ここまで固めたキャスティングなら、もっとちゃんとテナント設計者にも建築のオリエンをするなり、オリエンシートを作るなりは最低限すべきだと思う。もう少し成熟した百貨店にするためにも、その一手間が大切なんではないか。
例えば今回は共用部分のカラーコードとして[N-93]という色が指定されている。通常は[N-95]=真っ白 [N-90]=ほんの少しグレーを感じる白、のどちらかに設定するのが一般的だけどあえて[N-93]。
単体で見せられたらプロでもその色を言い当てるのは難しいくらいのストリクトな指定の理由や想いはあるのだろうけど、結果としての[N-93]のみではどんなに想像を逞しくしてもその根本の理解は難しい。
建築サイドにどこかで「テナント側はどうせ好き勝手にやりたいのだから・・・」っていう諦念があるとしたら、そこをもう一押ししてもらいたいと思う。将来の為に。

今回のケースが良い事例としてリアライズできるよう、もう時間の猶予もないけれど、せっせと情報収集につとめます。

幽玄・侘び・寂び

Category: NOTEBOOK — Posted by SA at January 20, 2010

事務所に届いたカーサブルータスは住宅案内。
TNAの軽井沢の作品はまさに幽玄。夜の写真の方がいいんじゃないかなと思った。家具が惜しい…。

物づくりに関わらない人でも「侘び・寂び」というのはよく使う言葉。
明石散人説によれば「幽玄・侘び・寂び」は1setの言葉で「無垢な美しさ」「経年変化の様」「なれの果て」(=誕生/成長/死後)という連続性のある言葉。氏の本では利休と秀吉にも触れてあって、利休の侘びに対して秀吉の幽玄の優位性を解くのだが、ここは物語と思うにしても、「幽玄の表現とは時間の固定である」という説明には納得だ。
いとも簡単に時間を止めることができる写真という表現手法に、我々は相当に影響を受けている。
産み出した瞬間に「侘び・寂び」だなんていうデザインも「時間が経ってにじみ出る味わい」を写真的に切り取っているに過ぎない。

目の前に沢山ある金属のエイジングサンプルを見ながらそんな事を考えてみる。

しかし、見事に都市性のない住宅ばかり。建築家ってやつは・・・(苦笑)。コンテクスチュアリズムは便利だから都市との関連についてどんな建物でも説明はついてしまうのだけれどちょっと苦しい?住める彫刻としての価値というのはほんとはもっと評価されるべきだ。どちらにせよ発生する与件昇華のストーリーが個々に違うのはあたり前なのだから、その先にあるもっと普遍的な未来を見てみたいと思う。

そんな中、長谷川豪氏の住宅は光る。理由はシンプルで、コピー可能な原型/スクリプトとしての価値があるから。
模型1000個の下りは相当に蛇足だけれど。

一年の計

Category: NOTEBOOK — Posted by SA at January 11, 2010

一年の計は…..ということで42.195kmを走る。
42
nike+のスポーツバンドはipodが不要なのでいい。走ってる時に音はあんまり必要としない。靴の接地音は体のリズムだし、アンビエントの音も川沿いだと気持ちがいい。イヤホンの開放感の無さは爽快感に欠けるし、コードが作る不協音もストレス。何より危険。
しかしスポーツバンドとnike+.comの画面のキロ数が微妙に一致しないのは何故?特に不自由はないけれど。

多摩川沿いは天気も良く風もおだやかで走り易いものの。
4219

30kmから極端にペースダウン。30kmの壁というものはホントにあるらしく、脚が動かない・・・。これではダメ。
「後半失速」が一年の計では困る。
ちゃんと計画をたてて継続してトレーニングしないと。 <– これが本当の「一年の計は・・・」の意味。思い知らされる。

マラソンにかぎらずスポーツというものは仕事と相似形を描く。基礎的なトレーニングが重要だったり、自分が愉しいという次元から抜け出す迄相当壁が高かったり、運・不運がかなりあったり、それでも練習は継続しないと意味なくなってしまうところだったり。
音楽もそうかな?プレイヤーであったことがないので詳しくは解らないけれど、自分が演奏して愉しいというレベルから人を悦ばせる次元までは、相当に遠い。

我々は勿論マラソン2時間半とかで走れないので、仕事をがんばる訳だ。人の悦びの為に。

Come fly With Me!

Category: NOTEBOOK — Posted by SA at January 1, 2010

あけましておめでとうございます。
2010のトウキョウの元旦はとても気持ち良く、とても蒼く晴れています。

昨年末、書籍の片付けをしていたら岡崎京子がでてきた。評論もいくつか。switchとか。
だいたい読み直した。片付けは勿論途中だ。。。。

彼女の代表作、「リバーズ・エッジ」が描かれたのは1994年。もう16年も前の話。
あのころの「平坦な戦場」よりはずっと良い未来を我々は手にしているのだ、という実感は確かにある。
とりあえずは「生き延びている」し。

さらに良い未来へ。確かなベクトルを改めて認識して進もうと思う。
トウキョウという都市の幻想、過大評価を加速させてしまった我々は、その行く末にもなにかしらの責任を取らなければならないのだから。

スタッフさん、また一年、心新たに臨みましょう。
皆様、本年もよろしくおねがいいたします。

newyear2010

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