2016年4月より、佐藤可士和氏率いる株式会社サムライ のメンバーとして活動していくことになりました。>「ご挨拶とご報告」

N12

Category: architecture, unrealized_project — Posted by SA at May 10, 2008

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ヨットハーバーを眼前に所有する住宅。地耐力から、在来木材工法での計画となっています。
外壁は街区のデザインコードの牽引を担う意味を込めて「木・煉瓦・左官」3種類の素材をコントロールしました。
庭の水盤からハーバーへと繋がるデッキや、リビングやギャラリーと繋がるガレージなど、シーン毎のストーリーをベースに、各部の設計をすすめていき積分した建築です。



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「ヌード」

朝、目が覚めて、足を床におろした瞬間、に凹凸あるフローリングの触感に「ホームにいる」という安心感を感じるようになった。
そのままクローゼットを開けて、ソファーに座って今日の服を考える。
ツイードみたいにざっくりとした柔らかいファブリックのソファーは、座った瞬間にほんの少し体温があがる気がする。

世界中で、この建物にしかない唯一無二のオリジナルデザインの家具達は、私の肌を知っている。
体を預けられる程相性が良い人も、物も、世の中そんなには多くはない。

「さかい目」

だんだんと空の青みが増し海と空との境界線がはっきりしてくるのを、ラウンジチェアに座って眺めている。出航する日の朝はいつもこうして朝を待つ。目の前のノートパソコンで天気図をチェックする。
いつのまにか太陽が顔を出したらしい。キラキラ反射する水盤が室内と外とのさかい目をあいまいにして、光の粒子が心の中に満ちて来たときが出航の時間だ。

「function is beauty」

黒いレトリーバーには、艇と同じ名前をつけている。2年前には水盤にもびくついていたこいつも、いまでは立派なサブ・キャプテンだ。散歩と出航を間違うことは絶対になく、窓を開けると誰よりも早く走って行き、舳先の定位置で待っているようになった。
水盤とデッキを愉しそうに躍動するこいつを見ていると、動く為に産まれた犬本来の美しさが、筋肉と骨格の織りなす芸術がその姿を現す。その美しさは海を行く愛艇の姿とどこか似ていることが名前の由来になった。
着岸していく艇から見える我が家の姿にも、全く同じ機能美を感じながら速度を緩めていくと、定位置のサブ・キャプテンも尻尾を振って家を見つめていた。

「レイン・ダンス」

一度海に出ればクルーは作業を等しく行う義務がある。陸での年齢や職業とは無縁の「自然の一部としての人間力」がものを言う世界だからこそのルール。これが自分が船に惹き付けられる一番の理由なのかもしれない。帆をおろした愛艇をゆっくりと着岸させて、そのまま自艇のメンテナンスに移行する事も体が覚えてしまったもう一つのルールだ。デッキを洗う水が、軽やかに海面に滑って塩を流していく。

艇を下りるとそこは自宅と繋がる木製のデッキ。裸足のまま歩けるデッキを渡り、室内に入る前にシャワーを浴び、火照った肌から塩を流す。バスデッキに設置したシャワーが水盤に落ちて軽やかな音を立てるこの時間は、全てを洗い流して無にしてくれる大切な空間だ。

ジャグジーで体を温めてリビングに出ると、いつの間にか雨が降っている。
目の前の水盤で踊る雨粒は、すこし白くなった海と溶けていき、世界を洗っているように思えた。

「ショット」

街区内の商業エリアでは、輸入食品等も扱っているので週に一度はショッピングにいく。
帰り道は、ゆっくり歩いて15分。きれいな町並みをみながらダブルショットのカフェラテを片手にぶらぶら歩いて行く。
セキュリティーのゲートをぬけるとすぐ右手が我が家。道路沿いの窓から室内の階段越しに愛艇と海を射抜くポイントが一カ所だけある。
その窓のそばに活けている花は、街区を往く人々へのささやかなプレゼント。
今日の買い物袋にも、季節の花がちゃんと入っている。

「シェア」

夫と一緒につくると決めている料理がある「カレーライス」。凝り性の人はいくらでも探求できるところも面白いし、煮込むのに時間がかかるのがまた、いいところ。
カウンターに寄りかかってコンロを見ながらいろんな話をする時間は、とてもいい匂いでつつまれている。
飲み物の準備は夫の分担。涼しげ赤のグラデーションとミントの葉のカンパリソーダは我が家の定番アペリティフ。ゆっくりと飲みながら、たっぷりのサラダと、たっぷりのフルーツをボウルに盛る。

ル・クルーゼのホーローのお鍋も、サラダとフルーツのボウルも、そのままダイニングテーブルに置いてめいめいのお皿に取りわける。食べる量も違う2人だから、このスタイルが私たちには合っている。

食後はエスプレッソ。キッチンに組み込まれたエスプレッソマシーンはいつでも美味しいコーヒーが飲める。チェリーをつまんでコーヒーのアロマを吸い込みながら、時間と空間とを共有している幸せに、ほんの少し目眩がした。

「amazing grace」

出かけるとき、帰って来たとき、かならずギャラリーを通る。壁に飾られた大きな絵は、天井から降る光を受けてその姿を輝かせる。
古来より芸術は神との対話であったという。この場所を通る度、アーティストのメッセージへ想いを馳せるようになった。
ドアのスリットから見える愛車にも魂が宿っているように思えるのは「想い」が入っているからだろうか?
部屋に目をやると、煖炉の火がなにかを祝福するかのようにゆらめいているのが見えた。

「FLAT 6」

乾いた排気音がガレージにこだまする。換気設備を備えたこのガレージは趣味の道具をハードに収納するための男の場所。ポルシェ独特のエンジン音に酔いしれることができるのはオーナーだけの特権だ。ガラス越しに見える水盤の照明の波紋は、車をステージの上にいざなっているかのようだ。

リビングのソファーからも、愛車のエンブレムが見える。美しい曲線のボディを愛でながら飲むシングルモルトはまた、格別の味だ。

「no name」

ふと気がつくと、いつも脚を止めてしまう居心地のよいコーナーがある。時には座ってみたりする階段、途中でとまっている壁、窓に向かって歩く通路、部屋の部屋の間の不思議なスペース。
煖炉の火が見えたり、下のリビングと話ができたり、見上げると山が見えたり、そこから見える景色はいつでも少しだけ驚きを与えてくれる。

そんな名も無き場所の存在は誰にも教えていない宝物。無論、妻にも話した事はないけれど、置き忘れたグラスの位置はたいてい決まっているようだ。

「微笑み」

愉しくもないのに、笑っている事がある。いや、もうそれが地になっているのかもしれない。
何よりの潤滑剤だからと、仕事を始めた時から意識し続けてきたのだから。
この家に遊びに来ると心の底から笑顔が絶えないのは、昔と変わらない友人の人柄のおかげに違いない。
食事が終わって話も一段落すると、ひとり、またひとりとグラスを片手に思い思いの場所に移ってぼんやりと海を眺めている。

初めて座った椅子だったけれど、いつのまにか眠ってしまって目が覚めた。オレンジ色から藍色へ変わっていく海を眺めていると、微笑んでいる目が景色と重なって、ガラスに映っていた。

「セカンド・ラブ」

踊り場で休符を一拍いれて2階からリズミカルに下りてくる妻を、ソファーから眺めていた。
北側の窓から入る柔らかい光は、軽く波打つ髪をふんわりと輝かせながら彼女の後ろを追いかける。
海から刺す光は、床に反射して彫りの深い鼻梁に陰影を描いて行く。
アーティストのプロモーションビデオを見ている様な、美しい残像。

そして、僕は妻に二度目の恋をするのだ。

「風のカタチ」

水盤のベンチに座って足を水に浸す。さわやかな風をワンピースがはらんで動いていく。水に反射した光が、瞬間その姿を焼き付ける。風のカタチをそのままに。

「wonder line」

リビングルーム、とはなんだろう。「寛ぐための少しパブリックな場所」と、読み替えたら部屋という枠から抜け出して、さらにこの家を楽しめるようになりそうだ。
書棚のそばのソファースペース、ゆったりとした食卓と水盤の中のベンチ、フレッシュジュースを作るキッチンカウンター、シガーの為のラウンジチェア、水盤の上のデッキ、大きな絵がある玄関のギャラリー、海へ繋がるデッキ、そしてその先の自艇でさえも。
そう、全てが不思議なラインで繋がっているようなメロディが聞こえる。

♪ Wonder line and Wonder girl
長い夢を くさりに つないだ船
階段 ひとつ 下りて 点と 線を 結んだなら
ひといき ついても いいよ・・・・・♪
< wonder line by YUKI > 

「花火」

花火の見えるデッキを目当てに、友人達が集まる。
水盤の上にあるテーブルに持ち寄った食事を並べて、後はBBQの準備。ビールは水に浸しておけばいい。映り込む花火もまた、おつまみのひとつ。
あとはみな思い思いの場所で歓声をあげる。水に足をひたしながらベンチに座って眺める浴衣の柄は、もう一つの華火。

「それぞれ」

友人夫婦達を招いたパーティーをよくやっている。レストランでの食事もいいけれど、「〜しながら」の少しカジュアルな席はやっぱり家の方がリラックスして楽しめる。主客が入れ替わったりするのを見るのもまた一興だ。
食事が終わると、女性陣はアイランド・キッチンの周りでデザートとカプチーノとそれからガールズトーク。男性陣はスライドドアの向こうでシガーを楽しみながら、なにやら企みの笑顔。

この「それぞれ」がまた心地よい時間

「sailing」

ロッドスチュワートの名曲 ”sailing”
I am sailing, I am sailing home again ‘cross the sea…….
のフレーズは聞き覚えのある人は多いが、歌詞の実際の意味を知る人は少ない。

Can you hear me, can you hear me,
Thro the dark night far away.
I am dying, forever trying,
To be with you, who can say.

We are sailing, we are sailing,
Home again cross the sea.
We are sailing stormy waters,
To be near you, to be free.

Oh lord, to be near you, to be free.
Oh lord, to be near you, to be free,
Oh lord.

聞こえますか  僕の声が聞こえますか
暗い夜を越えて 遠くまで
僕は死にかけています 永遠にそうなのでしょうか
あなたのそばにいるために 誰がわかるのでしょう
聞こえますか 僕の声が分かりますか 暗い夜を遠く越えて
僕はもうすぐお別れです 永遠にお別れです
あなたのそばにいるために 誰がわかるのだろう
僕らは旅しています 船に乗っています 海を越えてもとに戻ってきました
一緒に海を渡って 嵐の海を渡って
あなたのそばにいるために 自由になるために
あなたのもとへ召されるために  自由になるために
あなたのもとへ  自由になるために
主よ

一生を航海に例えた曲の普遍的なメッセージが、普段より心を打つのはなぜだろう?
切り取られた沢山のフレームによってその存在を一層強くする、空、海、山、そして太陽。
一見不変だけれど、劇的に変わって行くシームレスな表情が、恒久の自然の流れを気づかせてくれるからかも知れない。
「この家に住まなければならない」と、深く強く思った。